つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

関わる他人や友人は自分自身の鏡であるかもしれない

昨日、三木さんの色彩に関する記事を読んで、ふと「色彩検定」に興味を持ったんですが、よく考えてみたら、いまさら就職することはなさそうな気もするし、資格というのでもないし、趣味を拡げる感じかなあ?と思って、結局新たに学ぶ機会はなさそうなんですが…。

 

www.mikinote.com

 

でも」「色」に対する興味は尽きません。「色が見えすぎる」きらいがある私は脳に刺激が強すぎる色を避ける傾向があります。そういう色がある場所は苦手なので…。でもポイント的には虹色は希望だったり明るいものの象徴になるんですが…。

 

 


昨夜Facebook経由で見つけた記事です。介護関係の記事ですね。

ninchisho-online.com


これを読むと、よほど多くの人がケアマネさんの不満を持っていて、陰で愚痴をこぼしているみたいですが、本当にそうなんだろうか? まあ、介護のSNSでもその類の不満は聞きますし、場合に寄ってはケアマネさんを交代してもらうという方法もあるんですが…。

 

でも私は自分の体験に基づいていますが、そういうことって全然ありませんでした。なので、結構この内容は不思議だなあ、と思いました。ケアマネさんへの愚痴なんて一度もこぼしたことないぞ。

 

 

父が倒れて介護が必要になった2006年。ケアマネさんとは初めてお会いしたんですが、その直後に訪問看護師さんたちともお会いしています。父が退院するまでに在宅介護が可能な状態にしておこうということで、母が病院に詰めているあいだに、自宅で見てもらって、場所の確保や必要な介護補助器具などについても相談しましたし、湯沸かし器の交換や、さしあたって必要な日用品や介護用品なども確認して私自身が買いに走りました。

 

あの時も必死だったので、自分で調べ、勉強し、考えてわからないところは相談して…。だって当事者なんですから、それは当たり前のことだと思っていましたし…。質問に対してはきちんと答えてくださいますし、アドバイスももらえますし、雑談の中から家族全員の事情と言うのも伝わるのですね。

 

私自身、ハンデがあるから、出来ることや出来ないことや、しんどいことなども全部話したと思います。もちろん経済的なことも、どの程度のことなら可能か、なども。

 


この記事を読むと意外とそういうことが出来ていない人が多いみたいですね。誰だって初めての介護の時がありますし、私も父が初めての介護でしたし、要領がわかっていたわけではありませんでした。…が、意外と的を外してないですね。病人に対してどう接するべきか?という看護の延長に介護がありましたから、抵抗も感じませんでした。うん、きっとこの「病人に対しての看護」というのがハードルを下げてくれたんですね。

 

父は脳梗塞でしたし、それによって半身不随になり、嚥下障害で胃ろうになっていたので、まぎれもなく「病人」でした。でも75歳でしたから、もれなく介護保険のお世話になる立場でもありました。

 

 


お世話になったケアマネさんは有能な人でしたし、看護師さんでもあって、精神科の病院はもちろんのこと、あらゆる科での勤務経験があるとのことで、ずいぶん相談にのっていただきました。

 

父が亡くなる3日前くらいからはずっと我が家に滞在して様子を見守ってくださいました。「尿が出なくなるとあとどれくらいです」というようなことも教えてもらいました。

 

亡くなったのは早朝だったので、その場にいたのは家族3人と伯父、かかりつけの先生だけでしたが、母が亡くなったことを電話で伝えるとケアマネさんは泣いておられたそうです。のちに葬儀の時にも看護師さんたちや多くの人に涙の見送りを受けて父は旅立ちました。

 

亡くなった日に役所関係の手続きもケアマネさんが一緒に手伝ってくださいましたので、寝てなくてぼーっとしていた私は非常に助かりました。

 

 


事務所を独立される時には「お祝いなにがいいですか?」と聞いたら「恭子さんの絵がいいです」と言われて欠いて贈ったりましたし、名刺も何度も作らせてもらっています。

「藤本家とは親戚づきあいみたいになりそうです」と言われていましたが、非常に多忙な方ですが、母が特養に入所して以降もそういうふうにおつきあいは続いています。


父の存命中に「家族がいいかげんなお宅だったら、こんなに懸命にはなりません。ご家族が一所懸命だから、私も出来るだけのことはしようと思うんです」と言われていました。

 

 

haruusagi-kyo.hateblo.jp

 

この時も感じましたが、人の心を動かすのは真摯な気持ちとそれに伴う行動なんだなあ、と思いました。

 

当然かもしれません。当事者である家族が投げやりでいいかげんな気持ちなら、ケアマネさんもやり甲斐もないし、思い入れも少なくなるかもしれません。それが人の心です。

 

職業ではあっても基本は人と人の気持ちの交流です、介護でも保育でも医療でも役所でも、なんでもそうですね。心があるから本当に実になる仕事も出来るんだと思います。

 

 


そうして人の心や対応はしばしば自分自身をうつす鏡のようだとも感じます。

 

「きみの友について語れ きみがどういう人間であるか教えよう」という言葉をふと思い出しました。だれの言葉か、正確さにも自信がないのですが、(検索しても見つかりませんでしたし)応じてくれる人の行動というのはしばしば自分自身のそれを映し出しているのかもしれないと思います。

 

真摯であれ、誠実であれ。人に対しては基本的にそうありたいものです。そうすれば自分に対しても同様に応じてくれる人に多く出会えるのだと思います。

 

 

 

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