つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

正直しんどい今週の私

すみません。ちょっとだけ弱音吐きます。

 

今朝は目覚めてから2時間以上起き上がることができませんでした。身体がもう鉛のように重くて、寝返りを打つのすら辛くて、ましてやちょっといつもの薬を飲むことすら、しんどくてできませんでした。うつの症状はわりと強めに出てるんですね。今週はずっとそうです。今朝は特別にしんどかったですが…。

 

起きられないから、入院できたらいいだろうな…と考えてしまうのですが、私の場合、自分がいなければ家の中のあらゆることが回っていきませんし。仮に入院したところで、郵便物で届く重要な書類とか思ったら、その後の処理も行動も自分がやらないといけないので、気になって、落ち着いて入院しているどころではありません。

 

月曜日に先生が弟に「ちょっとくらい手伝えないか?」と尋ねておられましたが、弟は「お酒を飲んだらできるかもしれませんけど…」とか答えていたので、これはあかんわ、と思いました。事実、母が乳がんの手術で入院した時、父のご飯の支度を飲みながらやってたことがあったから。もろもろ心配で家を空けられない。だから入院は無理になります。

 

いろんな人が「気ィつけやー」と声をかけてくださいますが、まあ、本当に気持ちだけはありがたくいただきつつ、動くのはやっぱり私しかいない、という…。はあ…。こういうことを気にしないで入院できるっていうのはありがたいことなでしょうけどね…。即座に命に関わるような病気じゃないから言えることですが…。

 

 

 

希死念慮はしっかりありますよ。でも「どうして自殺をしてはいけないのか」という理由、哲学やら心理学やらスピリチュアルやらあらゆる分野から私が導き出した答えが、私的にはあまりにも納得出来るものだったから、そっちの逃げ道も選べなくなりました。そう「逃げ道」なんですね、あくまでも。しかもしまった、と思った時にはもう遅いという…。死ぬ前に選択するならもっと他の方法は見つかると思う。

 

マラソンで言えばもう40㎞地点くらいには来ていると思うので、ここで投げ出してまた最初からやり直しは嫌です。きちんとゴールして今までの苦労や努力を無駄にしたくないから、自分の人生を肯定するためには完走することが必要なんですね。それが私なりの答え。

 

きついぞー。きついけど、自分には負けたくないです、やっぱり。頑張ります、休息しながらでも。

 

今日は午後からマッサージの先生と看護師さんが来られます。少しでも楽になることを期待しようと思います。

 

 

 



mentalsupli.com


この記事ですが、これを読んで「ああ、確かにこういう見方は出来る気がする」と思いました。

 

双極性障害でも、気分のコントロールが難しい人は多くいらして、そういう人は躁状態の時の方が怖いと感じておられたりします。買い物することに罪悪感を感じなくなる時があったりするからです。

 

ホームレスになる方でも知的障害精神疾患を抱えている人も多いと聞きます。生活保護は基本的に誰でも受給が可能ですが、ご本人に自分の病気の自覚がない限り、診断書の提出も不要だと思います。

 

「多くの方は、お金をうまく管理できない結果として生活保護となるのです。」ここのところにはちょっと異論もありますが。コントロール出来る人も少なくないです。

 

でも障害年金だけでは全然足りない現状もあるからね…。

 

管理できる人はちゃんと管理できるんだから、一緒にしなくてもいいと思いますが、主に病気が原因で難しい場合には金銭管理のサポートがあってもいいかもしれないなあ、と思いました。

 

 

f:id:haruusagi_kyo:20160317095439j:plain