つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

「自己受容」の大切さーやっぱり前から知ってたことー

いや、ゆうべたまたま「アドラーに学ぶ 生きる勇気とはなにか」を読んだもんで… (^_^;)

 

アドラーに学ぶ―生きる勇気とは何か

アドラーに学ぶ―生きる勇気とは何か

 

 

 

なんだかまだ反動のしんどさが残っていて、身体が辛い今日です。
2階においてある人形とその他もろもろのものが取りに行けない… (ーー;) 自宅の2階ですよ。なのに階段の上がり降りが辛く感じる。昔は2階に自分の部屋があったのにね〜。

 

まあ、まだ腰痛が残っていて、おまけに箱入りの身長58センチの人形は嵩高いから大変なんですけど…。古布の着物なんか虫に食われてないかなあ?心配。

 

12年…。気がついたらSDを買った長岡京市の店舗は閉店になっていた。当時よく見ていたドールサイトも軒並み無くなっていたし、通販のお店までなくなっているところが多かった。ハンドメイドのドレスをヤフオクに出していた人たちも見かけないし…。12年ってそういう歳月なんだなあ… (ーー;)

 

私が精神科に通院を初めて、お裁縫も出来なくなって、ミシンを手放し、父が倒れて介護して亡くなって、介護疲れでぼーっとしているうちに母が倒れ、また介護、だったしね…。

 

その中で、15年、絵を描くのはまったくやめずに、ずーっと細々とでもサイトを続けてこれたっていうのは結構すごいかもしれません。ちょっと自画自賛 (^_^;) 

 

 

 


実は昨夜からまたちょとしたお仕事中ではあるんですが、最近、この「安すぎる仕事」には身体が反発することに気がついて、ちょっと価格調整をしました。つまり「ココナラ」の仕事なんですけどね。

 

いままでに80件くらいかな。とっても安価で仕事をしてたけれども、それが相当辛い、という身体の痛みという信号がありまして、だから一気に3倍に金額を引き上げました。これでもデザインの仕事の相場よりは安いです。ちょっとしたバナーと作るのでも3000円だと安い方なんですよね。

 

デザインの仕事も相場があってないようなものだから、難しいのですが、どのみちある程度安定した他の収入があるならやめてもいいや、とは思っていましたし。

 

3倍の価格で仕事がなくなっても別にそれはそれでいいや、と思っています。「無理だよ」という身体の声を大事にしたいなあ、と思います。

 

仕事には出来ないけど、本当に好きなお絵描きだったら、痛みなんか起きないし。すごい正直な反応をしているわけですね。同じ姿勢、同じソフト、同じように描いているのに…。お絵描きだと負担には感じなくてむしろ楽しいわけだ。…正直すぎる私の心身。

 

…でもこういう声を大事にすると、何事も早くに気付く利点はありますよね。脳からの注意信号だと思っています。肉体的な病気を早く見つけたり、精神面のダメージを早く気付いたり、だから早く対応が出来る長所があります (^_^;)

 

 

 

外見とか人から見られることはほとんど気にしていないので、他人対応のペルソナもほとんど作らなくなったなあ…。自分の気分に正直に行動しています。

 

鬱の時には「今うつだから、かまってくれるな。私に触れるな」というようなオーラもはっきり出ていると思います。逆に軽躁の時には口数増えるし、行動的になることも自覚しています。SNSやブログでもそれは現れてますよね。ほとんど隠さないから (^_^;) 現実とブログやSNSにも解離がないと思います。

 

ありのままの「今の気分」で書いてるから、まあ、それが私らしいところでもあるんですが…。少しでもストレスを溜めたくないからそれでいいのかなあ、と思います。

 

あー、でもこれも昔からそうかもしれませんね。「自分の人生では自分が主役」だから、他人に対していい格好しても意味がないのよね。まあ、いうなればこれもアドラー心理学的ではあります。「ありのままの私」っていうのは長所はもちろん、短所も欠点も全部含めて、受け入れる「自己受容」と云うやつが非常に大切になるのです。

 

自己受容出来るから、他人のこともきちんと見ることができるようになるんですよね。欠点がない人間なんかいないから、まあ、色々違っていて「おたがいさまだよね」というおおらかな気持ちになれますね (^_^;)

 

 

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