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つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

今年の私のキーワードは「過去」だそうです

つれづれに思うこと ちょっとスピリチュアル アドラー心理学周辺 心について 日記

お正月にも関わらず、ヘルパーさんの日なんですが、そんなに汚れている感じじゃないので、お休みにしてもらおうかと思いつつ…。買物には行かないといけないけど、掃除は急がないや。むしろぼーっとしていたい気がします。電話しよ。

 

弟が牛タン(塊ではなくて細切れでしたが)を焼くとか言ってるので、ご飯は炊きましたが、自分の分のおかずは買ってこないといけません。カレーは残ってるけど、もう続けて食べる気がしないし、冷凍にしておく気もしない… (ーー;) おでんとかさっぱりがいいな。揚げ出し豆腐置いてないかなあ…。

 

友達へのアナログの手紙は全然進みません。もう半年分のことを再度書くのが面倒で仕様がないです (ーー;) 電話で話した方が楽でいいけど、あちらにそういう暇がないかもしれないしね。まあ、画集が出来てくるまで、ゆっくりかけて書こうかと思っています (^_^;)

 

 

 

そういえば、昨日Yahoo!から無料占いの案内が来ていたので、ちょっと試してみました。私の2016年のキーワードは「過去」だそうです。…いままでと同じでいい、っていうことじゃないかな?? だって創作のモチーフになっているのは大抵過去だもんね。古いものとか文化伝統に愛着があるというか、そういう嗜好もありますし。

 

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…まあ、とりあえず今の路線を続けていくつもりです。…っていうか、路線変更が出来るはずもなし (^_^;)


アドラー先生はトラウマの存在を否定されていますが、私はそれは否定しません。実際に自分にもあったし。ただ、トラウマがあったとしても、いつまでも抱えている必要はさらさらなくて、出来るだけ早い時期に、認めて昇華して、さらっと流してしまった方がいいのだと思います。生涯消えない傷はあっても、痛みがなくて、その傷はとても大切ななにか(自分自身かもしれないし、大事な人かもしれないし)を守って出来た傷だから、と、いずれ誇りに出来るようになれば強いと思います。大変だけどね。あるものはあっていい。それをどういうふうに受け止めて処理していくかが大事な課題ではないのかと思います。

 

過去のプラスの思い出は生涯の味方にもなりえます。「今、という刹那を生きている」のは確かですが、人間のすごいところは刹那の中に永遠も含められるところにあるんですよね。潜在意識の中に。

 

受け止め方は人によって本当にそれぞれで、昨日たまたまホリエモンアドラー心理学に言及している記事を見て、正直にかなりの違和感を感じたんですが、彼が見ているのも表層的な部分にすぎないと思ったのですね。経営に関わる話題になってはいるけれど、とても全体像を捕らえているとは思えないです。

 

かといって私がそれは出来ているとは言い切れるわけがありませんし…。

 

ただ、アドラー先生は自分の名前や存在なんて思い出されなくなっても全然構わない、と言っておられて、それというのは普通の市井の人々のひとりでも多くの人が幸福を感じられるようになったらいい、ということだと思っています。経営とかそういうことが成功するしないは全然どうでもいいんだよ。「普通の人」が大事なんだから。

 

で、私は結構「なにものでもない私」というのも気に入っていたりします。

 

 

 

おまけの性格と全体。

 

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性格はあんまり当たってないかな。ライバルは他人ではなくて自分自身ですしね。
まあ、ことしもなるようになるだろう、という感じでいけたらいいなあ。去年よりも心配事が減ったら、それだけでも嬉しいです (^_^;)

 

これよりも詳しいことは有料だそうです。これだけでも充分ですから…。

 

あとは自分で作っていきますね、今と未来と (^_^)