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いまさら何を言ってるんだ?と言われそうですが、いままでほとんど無自覚でしたけど、わりと最近気付いたことがあります。
それは私は「言霊」を信じているようだ、ということですね。
こと‐だま【言霊】
古代日本で、言葉に宿っていると信じられていた不思議な力。発した言葉どおりの結果を現す力があるとされた。
ことだまのさきわうくに【言霊の幸ふ国】
言葉の霊力が幸福をもたらす国。日本のこと。
もともと記紀、万葉集などの古代文学に親しんでいた人間でしたので、「言葉を大切に使う」「言葉にはパワーが宿る」という感覚はごく自然に私の中にあって(それも子供の頃から)、他人に対してはもちろんですが、自分の心の中でもなるべくマイナスのパワーを持つ言葉を使わないようにしていました。それも無意識に。あんまり自然にやっているから、これもやっぱり普通のことだと思っていたいけど、実はそうではなかったかもしれません。
ちなみに言霊そのものは特に神道や仏教などの宗教とはあまり関係がないように思います。少なくとも私の中では、もっとずっと太古からの原始的とも言えるものを感じます。
このあいだ書いていました「大丈夫」もそうですし、もっと以前に書いていた「ありがとう」ももちろんそうですね。心を込めて相手に語りかけ、魂を込めて伝える、そして相手の無事を祈るなど、そういうふうなパワーが宿る言霊が働かないわけがないですよね、多分。気持ちや心や祈りの力は言葉に宿る…。
これってやっぱり私は信じているようです。亡き人たちへの語りかけと同様に、本当にずっと当たり前にやっていたから気付かなかっただけかな…。まあいいですけど… (^_^;)
こういうのはおそらく「宗教」とは呼ばない。もっとシンプルなものですね。先祖に語りかけることもやっぱり宗教ではないでしょう。あれもすごくシンプルなものだと思います。
でも、こうして「言霊」の力に気付いてしまったからには、今後はもっと大切に心を込めて使わないといけないなあ、と気を引き締めています (^_^;)
本当に言霊の力が最大限に働くように…。願いを込めて。
ちなみに言霊と言えば、綺麗な日本語というのも大好きです。
季節ごとに、人の気持ちに、伝わってきた漢語も交えて美しい響き、美しい意味を持つ言葉はたくさんあります。いままで、自分のイラストのタイトルにそれらの言葉を選んで使ってきました。その数、700点以上ありますが、まだ未使用の綺麗な言葉がたくさんあるんですよね。その言葉の豊かさに、この国の感性の豊かな部分を垣間見る気がします。
斑雪(はだれ/はつれ) 薄ら氷(うすらひ)爽籟(そうらい)凍玻璃(いてはり)暁闇(あかときやみ)残んの月(のこんのつき)朝朗(あさぼらけ)玉蜻(たまかぎる)玲瓏(れいろう)……
画集のタイトルは「玲瓏」にしたいなあ…と思いつつ… (^_^;)