つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

大丈夫、安心してね、と心から言いたい

「将来の不安を感じているとき、共感にみせかけて煽る人を相手にしてはいけない」

 

www.huffingtonpost.jp

 

このタイトルをぱっと見た時に「煽る人」という意味が掴めなかったんですが、つまり「不安を煽る人」って意味なのね〜。そういえばいますよね、こういうタイプの人。

 

「大丈夫〜?本当になんとかなる??」と言ってくれるんだけど、その実、参考になりそうなアドバイスとか、そういうものはくれなかったりするんですよね。だから余計に不安になる悪循環。確かにそういう人は自分自身の不安を投影しているんだろうな、と思います。だからその人自身もどうしたらいいかわからなくて不安なんだよね。

 

 


具体的な対策を考えてくれる人はホントにありがたい存在だと思います。ちゃんと地に足がついてると思うから。本当に必要な心配りが出来る人なのですね。確かにこういう人は大事にしないといけないと思います。

 

「大丈夫?」じゃなくて、確信を持って「大丈夫」と言ってくれる人は大変にありがたい存在です。おなじ「大丈夫」という言葉の中にも安心感があるからですね。安心するとそれが励みにもなりますね。

 

 


私もわりとよく「大丈夫」という言葉を口にしますが、これは本当に確信があるから言っています。

 

父が亡くなる直前にも、容体が悪くなっているんだけど、ずっと手を握って「大丈夫。リラックスしてね。大丈夫」と言い続けたために、最期には私が父の精神安定剤みたいになっていました。息遣いとか、そういうのがいくらか楽になるのがわかるんですよね。

 

だって私は昔から、父が死を怖がっているのはよくわかっていたから。だからゆっくりと家族と一緒にその準備が出来るように、胃ろうを設置することにも迷いませんでした。苦しいだろうから、気管切開と人工呼吸器はやめて欲しい、とお医者様にあらかじめお願いしてありました。

 

ですから、本当は病院のICUで死亡してもおかしくなかったんですよね。でもケアマネさんやかかりつけの先生が相談して、もう一度家に連れて帰ってあげたい、ということで、ICUから家に直帰(あんまりない事例らしい (^_^;))。それから半月、父は頑張ってくれましたので、私もターミナルケアを充分に尽くすことが出来ました。

 

私が心から確信を持って言う「大丈夫」にはかなりの説得力があったようです。あんなに怖がっていた人だけど、本当に安心して旅立ってくれました。非常に安らかな顔でした。

 

その時に私自身も父から大きなものをもらいました。私も父から「大丈夫」という安心感と確信をもらっていたんですね。それは現在でも生きる支えになっています。

 

自分で振り返っても、理想のターミナルケアをしながら、同時に自分も癒されていたという(グリーフケアも並行していたわけです)体験。私が子供の時からずっと感じていたあの世とこの世の距離の近さゆえかもしれませんが…。一片の後悔も残らない介護が出来たのって、すごいなあ、と自分でも思います。

 

 

 

だから「大丈夫」っていう言葉にはとても大きな意味があるんですよね。本当にその人に必要な時にちゃんと「大丈夫」って言える人間でありたいと思います。

 

死ぬことも「大丈夫」と言えるくらいだからなあ…。きっとこれから先もどういう時でも大丈夫、と思っていますけどね (^_^;)

 

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