つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

子供の頃の記憶が形作ってきたもの

さて、今日はネタがない。困ったぞ。

 

自分の分と、母の分と年賀状用の裏面はほぼ原稿が出来てしまったので、あとは名簿を整理して印刷すればいいのですが、まだハガキは買っていないし、急がなくても売り切れないだろうから来月でいいなあ、と… (^_^;)  

 

それから新年更新用の壁紙などもぼちぼち作っています。ページはまだですが、素材は出来たので、まあ大丈夫でしょう (^_^;) 今年中にもう1点くらい描けるかもしれないなあ、と思いつつ…。

 

でも、やっぱり朝は相変わらず駄目ですね。今日も駄目なので、ご飯だけ炊いて、コンビニでコロッケ揚げてもらって生野菜を買ってきました。昨日はお弁当屋さんに頼んだので、今日はつつましくやってます (^_^;)

 

 


この記事がらみで書いてみようかなあ…。

 

「幼年期の記憶がもつ力―将来の人生を豊かに」

 

jp.wsj.com

 

脳が未発達ゆえの「幼年期の記憶喪失」っていうのは興味深いことですね。

 

私はわりと子供の頃のことを覚えている方だと思います。連続した記憶ではなくて、点景的な記憶ですが、覚えているエピソードはほとんど五感を伴っています。

 

前にも書いたことがるような気がしますが、一番古い記憶は生後7ヶ月ですね。当時はまだしっかりと座ることが出来なくて、祖母と母に連れられて行った、京都御苑内の白梅林の芝生の上でした。日差しがぽかぽか暖かくて、私のうしろに祖母が座っている。母は立って前かがみで見ている。芝生の上に座らされた私はどうも、長い時間座り続けることが出来なかったようです。「いや、この子、こけてくるわ〜」と祖母が言いました。そういうシーンを五感で記憶してるのですね。一番古い記憶。

 

その後はまた点景になって、夏の夕暮れに布団の上に寝ころんで、百人一首の取り札を読んでいたり。で、時々それを間違っていないかどうか母に確認している。私が文字を覚えたのは、小学校もろくに行っていない祖母が読んでくれた絵本と、この百人一首のおかげです (^_^;)「ゐ」とか「ゑ」なども一緒に覚えました。のちに古典が好きになった要素かもしれませんね。

 

あとは自分にとっての個人的なイベントだった、入院とかそういうのもよく覚えているなあ… (ーー;) 上京区の家のお風呂は薪で焚くお風呂だったから、日頃は銭湯に通っていたこととか、その自宅のお風呂に頭からはまったことがあるとか、よくお世話になった小児科の先生のお宅にあった真珠貝の成長を額にしたものとか、ミニチュアの飛行機とか、そういうもものは私だけじゃなくて、弟でも覚えています。

 

弟が産まれた時も、真夏なのですごい雷が鳴っていて、祖母達と産院の一室でそれを聞いていたとかね。

 

ただ、アルバムに残っている「○○遊園地に行った」とかそういうことはほとんど覚えていないのは、私にとってはあんまり重要なイベントじゃなかったのかなあ??

 

子供の頃の記憶って、ちょうどお祭りの提灯みたいだな、と思います。ああいう灯が繋がっている。でも暗い部分も灯の紐を辿ってたぐり寄せることが出来たりとか。

 

 

 

子供の頃の写真やビデオ(昔はなかったけど)自体はあんまり記憶の助けにはなりませんが、でも思い出した時の確認には使えますね。具体的に思い出した時に、眼に見える方法で確認したら、一生忘れない記憶になります。

 

確かにこういう幼いころからの記憶の積み重ねは自分というものを形成する大切な要素になっているし、一見マイナスに思える記憶でも、成長すると必ずしもマイナスとは言い切れないものになっていることもあるなあ、と思います。精神的な満足度との相関、うん、大きいだろうな、と思うな。

 

 

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