つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

生命あるものたちには通じるものがある

ああ、もう、この朝の気分の悪さってなんとかならないかなあ… (ーー;)
ゴミを出して、薬を先に飲んで二度寝してしまった。で、もう今になるとご飯を作る気力がすっかり失せている。いつも寝る前には献立考えて寝るんです。でもそれが作れない。毎朝の敗北感 (ーー;)

 

夜になるにつれて調子の波はアップしますが、でもあとは寝るだけだしね〜 (*-д-)-з 外出の時は3時間前に起きないと調子が整って気分がましにならないのも結構難儀です。通院するにも家を出る3時間前に起床。

 

なので、以下の下書きは昨夜のうちに書いたものです。

 

 

 

介護のSNSからのリンクは無理っぽいのでこちらの記事をリンクしますね。

 

spotlight-media.jp

 

認知症のおばあちゃんにひ孫を合わせるとどうなるか?という話題があって、「えー??その悩みってなに??」と思ったんですが、ふと、そのことについて検索してみたら、結構出てくるんだな…。みなさん、介護しながらそんなことで悩んでるんだな。はあ… (*-д-)-з

 

悩むことなんて前提にもなかったなあ。

 

昔、まだ核家族が少なかった時代には4世代が一緒に暮らしていてもおかしくなかったし、生まれる時から死の時まで、家の中で見守る体験が普通でしたしね。私も祖父は自宅で見送りましたしね。

 

そういうことが普通じゃなくなって、ましてや認知症だから、なにをされるかわからない、という不安があるのでしょうか。…あるかもしれないけど、実感としてはいまいちよくわかりません。

 

 

 

うちの母も6月にひ孫に初対面で、あの時は自分がしんどいから笑う余裕もなくて、それでもあの時に撮った写真を今も愛おしそうに眺めています。孫のメールで足を切断する決意をするくらいだしね (^_^;)

 

ひ孫の方も全然人見知りしなくて、母ばかりか私にも親しくつきあってくれたから嬉しかったですよ。可愛いよ~ (^_^) 関わるみんながそれを当然だと思っているから、悩むはずがないよね。すごい自然な流れでしたし (^_^)

 

 

 

そういう話を、昨日マッサージのT先生に話したら、「はあ?なんですか?それは」とやはり悩む人がいること自体を驚いてらしたようでした。

 

T先生とは父の介護で初めてお会いして、もう10年来のおつきあいになります。高齢の患者さんや認知症の患者さんや、精神疾患の患者さんのところにも訪問されています。

で、まあ、いろいろな患者さんのところで話を聴くと、こちらも参考になっていいんですよね。

 

たとえば音楽療法を受けておられる認知症の方とか。その方は最初の頃は昔の馴染のメロディに反応して手拍子をしたりされていたそうですが、それも回を重ねると、今はほとんど反応されなくなったらしいです。

 

「やっぱり脳への刺激というと生き物が一番いいんじゃないですかね?動物とか子供とか」と私。
「アニマルセラピーというやつですね」
「子供や動物は反応がワンパターンというのはありませんし、飽きることもないのでは?」

 

T先生が通っておられる中にたくさんの猫を飼われているお宅があるそうです。(ここのお話は以前も聞いたことがあります。家猫の他にも通いの野良猫も複数いるそうです)で、ある日、その大勢の猫の中に一匹の子猫が仲間入りしたそうで、これが大人猫の新入りだったら他の猫達が容赦しないんだけど、子猫の場合は、もう傍若無人に振る舞われても大人猫達はまったく怒ったりしない。むしろおおらかに子猫を見守ってる、と。


人間でも同じだと思う。子供に対しては警戒心もなくなるし、可愛いというほとんど本能的なものも働くんじゃないのかな。面白いですね~、と言ってたんですが。


子供っていうのは未来ですから。そういうこととかちゃんと伝わると思うんだよね。ましてや親しいものとか、血の繋がりがある場合とか、そういう絆のようなものは一層強く働く気がします。

 

 

 

私の母方のひいおばあちゃんは私が4歳くらいの時に亡くなりましたが、独特の優しい存在感はよく覚えています。

 

ひいおばあちゃんの歌で踊る着物姿の私と従姉の写真が今でも残っています (^_^) ひいおばあちゃんも好きだったなあ。わずか4歳でもしっかり記憶に残るくらいにね (^_^)

 

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