つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

「継続は力」が増えつつあるようです

買物に行こうかなあ…とか考えていたら、仕事が入ったので、今日はお弁当を頼むことにして、あとでコンビニで食パンとかだけ買いに行こうと思います。なにか優先することが入ったらたやすく挫折する日常の計画… (ーー;) まあ、いいや。

 

昨日はちょっとネットでの応募に使う文章を書いてみたんですが、1200字という制限になっていて、でもまず、文字数を気にしないでばーっと書いて見たら1150字くらいでした。

 

ああ、これはおそらく日頃からブログの文章を大体これくらいの字数で書いているからじゃないかしら?と思った次第。日頃は文字数の計算なんてしませんが、たまにシンプルテキストで下書きすることがあって、そうしたら勝手に計算してくれるんですよね。(はてなのブログにもこの機能があったような気がするけど)

 

まあ、ですから、あとは必要なポイントだけ追加して完成しました。トータル30分弱の作業でした。

 

ちょうど夏休みも終わりに近づいていますが、私、子供の頃は国語の成績は悪くなかったけれど、作文だの読書感想文だのは大嫌いで、なにをどうやっていい加減にでっち上げていたのか覚えていないほど適当に処理していたみたいです (^_^;)

 

 

 


で、そもそもこのブログを書き始めたのは、多少でも文章力の訓練にならないかなあ、と思ったからですね。そういうお気軽な理由だったんですね。そのいい加減な理由のブログがほとんど休みもなしで、もうじき12年近く続くとは自分でも予想していませんでしたが… (^_^;)

 

いやー、意外とネタがなくても書こうとしたら書けるものだなあ、とは感じます。継続が訓練になってはいるんだろうな、きっと。この感じだと日常的に差はあっても1000〜1500字程度の文章は書いているような気がします。まあ30分以内で。で、その行為そのものは苦にならないんだ。それだけでも私には収穫で、続けた甲斐はあるかなあ、と思います。継続は力なり、ですね。多少なり文章力ってついたかな?

 

作文や読書感想文が駄目でも、本当に自発的に伝えたい、書きたい、ということがあれば書けるものですね。だから、そういう宿題はテキトーにいい加減にやっておいても大丈夫だよ〜 (^_^;) 夏休みの宿題は手抜きでいい、という勧めだったりして… (^_^;)

 

 

 

私の場合、生別老死は人生のステージにすぎない、という感覚なので、老いや死も病気もまったくタブーではなく、普通に日常の話題の中に出てきます。むしろタブー視する感覚がよくわからないのですね。

 

なんというか、生別老死を当たり前だと考えると、開き直ってすべてポジティブにしか考えられなくなるみたいな気もします。常に終わりを想定して見てみると、虚無感に苛まれるか、ポジティブにひっくり返すかどちらしかなくなりますよね。私はもともと虚無にとらわれやすい人間ですが、最近徐々に開き直ってポジティブになってきたので、まあ、これでいいんだと思います。

 

自分を偽らなくもなりました。好き嫌いの自己主張がすごい明確になってるなあ、とも思います。自己否定ではなくて自己を肯定するとこうなるみたい。ありのままの自分を好きになると起きる変化というか、要するにもうペルソナを使うのをやめたっていうことかも。それでも外交用にちょっとしたペルソナはまだ所持してますけどね (^_^;)一応、大人だしね。つまんねーと思いながら使ってる時はたまにありそうです。あんまりストレスたまらないから幸いですが。

 

 

なんでもいいんだけど、一つのことを長く続ける、というのはいつのまにかそれが自分を肯定することや自信に繋がるというのは事実だと思います。

 

私の場合は最大のものがお絵描きで、これはもうほとんど自分の人生の長さと同じくらい続いているから…。世に出るとかそういうことは本当にどうでもよくて、お金になるとかならないとかも問題ではなくて、ひたすらに「死ぬまで描き続けたい」が願いですから…。

 

このごろはブログのおかげでこういうちょっとした文章も継続の底力になりつつあるかなあ、と感じています。好き放題書いていますが、もともとはブログなんて日記の延長だからそれでいいんだよね。

 

…まあ、気に入ってくださった方だけ、この先もおつきあいくださると幸いです (^_^;)

 

 

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