つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

17歳で”老衰死”した早老症の少年が遺した、幸せに生きるための3つの哲学

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急ぎで片付けないといけないことがない日というのは妙に落ち着かないものです。
いままであまりにも忙しすぎたきらいがあるけど、これで工事中にもっと暇になったらどうしょうかと思います。落ち着かないだろうなあ… (ーー;)

 

母のところに行ってスタッフのお手伝いするとかも…無理だろうな、やっぱり… (ーー;) 困った。雨でなければ自転車で行ける距離にネットカフェもあるんですが、わざわざ行くかどうかはまだわかりませんし…。

 

このあいだ、帰りのタクシーで運転手さんに「GWはお稲荷さんの人出がすごいです」と聞いたので、そちら方面には行けないし…。帰りにバスに乗ろうとしたら高校生とおぼしき若い人たちで一杯で乗りそびれたし。人気がすごいですね、お稲荷さん (^_^;) シーズンオフを捜すのが難しそうだ… (ーー;)

 

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昨日、Facebookに流れてきた記事ですが、ここで語っている彼の人生哲学(?)のようなものがあまりにも現在の私のそれに近くて、ちょっと驚きました。

 

logmi.jp

 

プロジェリアという病気は聞いたことがあります。私がまだテレビを見ていた頃に、同じ病気で苦しむ少女のドキュメンタリーを見たことがありました。

 

普通の人の8倍の速さで歳を取らせる病気は、彼らの魂や心をも普通の人の何倍もの速さで成熟させてしまった感がありますね。

 

幼くして病魔と闘う子供たちは否応無しに早く大人になってしまう感があります。病気や障害は魂を成長させるために重要な役割を担っているのだとしか思えません。

 

でも、このサム君も前に見た少女も決して自分の現状を嘆いたりしてはいなかったです。どこまでも前向きに目的を持って、希望を持って、毎日を大切に生きていました。

 

私が今、この年齢になって、文章に出来るほどはっきりと気付いたことをサム君はすでに10代の若さで身をもって知っているのですね。彼の人生は普通の人の何倍も凝縮されているに違いありません。私が何十年もかかって辿り着いたことを彼はすでに理解していた。そしてその通りに生きていた。

 

不自由も多かったと思います。でも彼はそれを嘆かずに一つずつ出来ることに変えていった。どう努力しても出来ないことはあるにしても、彼は本当に幸せだと感じていたと思います。私が現在そうであるように。

 

彼の考え方にはとても共感できる。

 

出来ないことよりも出来ることが多いことを喜ぶ。ささやかで手近な目標を持つこと…などなど。

 

うん。確かにこれは哲学と呼んでもいいのかもしれない。確実に自分の力になるもの。

 

嘆くためにエネルギーを費やすのはもったいない。その暇があったら、短い人生を後悔しないように生きよう。


誰だって本当は明日のことはわからない。明日、元気で目が覚める保障はどこにもない。だとしたら嘆いているのは勿体ない。いや、しばらくは悲しみの中に浸っていてもかまわないけれど、しばらく休んだら、そこからしっかりと立ち上がろう。


「幸せ」というのは本当はわずかな視点の変化ではっきりと見えてくるものかもしれません。

 

出来ないことを嘆くより、出来ることを精一杯やろう。それだけでも心が満たされるのがわかります。青い鳥がごく身近にいたように…。

 

サム・バーンズ君の魂心からの感謝と祝福を。そして安らぎを祈ります。勇気をどうもありがとう。

 

どうぞ安らかに眠ってください。

ありがとう。

 

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