つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

幸せになれるか否かはいま現在の選択次第です

おかげさまで「ココナラ」のランクが「エキスパート」に認定されました。ランクアップに貢献してくださった、お客さまのことを考えても、このタイミングで休むのはすごく辛いです(>_<)

 

でも5000円もOKなオプションのこととか、まだ考えられる状況ではありません (ーー;)

 

母のことをきちんと出来るのは私しかいないしね…。ここはもう、なにもかもが重なってしまう怒濤の時期をなんとか乗り切れ、という神様か誰かの思し召し、というヤツでしょう。ここまできたら、いまさらめげるか!という自分に対する負けん気がメラメラと… (;゚∀゚)

 

 

昨日は看護師さんとケアマネさんと特養と伯父と母の友達のTさんに連絡。それと介護タクシーにも連絡して予約を取りました。タンスを発注。施設の方に都合のいい時間をお聞きして、それに合わせて届けてもらうつもりです。それと今現在準備出来ているものを確認しながら名前書き。やっぱりズボンが足りないかも…。

 

今月入所準備で目立たないお金がかかっているので、経済的に痛いけど、まだ買い足すものがありそうな気がします。あ、ちなみにタンスはプラ製で天板が板、引き出しは6段で1万円弱(送料込み)でした。(それでも家に持ち帰るには置き場所に困りそう)

今日は9時からお風呂です。これがラストになりますね。スタッフの方にご挨拶してお支払いして、洗濯してから、クリニックに紹介状をもらいに走ります。お昼ご飯どうしよう?? これを二人で手分けして出来たらどんなに楽かと思いますが、無理だから入所出来るのかもしれませんしね… (ーー;)  

 

もう、本当に忙しいのは必至だなあ… (ーー;)

 

「あんた、そんな状況でまだ仕事してたんか!?」とTさんには驚かれましたが… (^_^;) いつも介護をよくやっている、と褒めてもらえるのですが、仕事云々は欲張りすぎてる感じに見えるのかな?心配してくださるのは大変にありがたいですが… (^_^;)

 

 

f:id:haruusagi_kyo:20150402190909j:plain

 

 

昨日の「思い癖」の話の続きです。

 

なんというか、自分を肯定出来ない人、っているんですよね。自分の過去を肯定できない。

 

いまの自分がこうなったのは、過去に選択を間違えたせいだと思う。

たとえば、今、結婚していたら、もっと幸せだったと思う、とか、あっちの会社に就職していればもっと出世していたのに、とか、あの試験に受かっていたら、今の自分は違ったと思う、とかね。

 

まあ、「隣の芝生」ですね。だから真逆の立場にいる人からは反感を持たれてしまいます。

 

過去の選択はいまさらやり直しようがないんですけど。なにかことあるごとに過去の選択を誤ったせいだということにしてしまうと、いつまでたっても幸せにはなりません。

 

「過去が悪かったから、現在の自分が惨め」というのではなくて、「あの過去を経験したおかげで今の自分がある」と思える人と、どちらが幸せでしょうか?後者ですよね。否定ばかりでは幸せにはなれません。

 

仮にそういうタイプの人は真逆の選択をしていたら、今度は真逆の立場で言うと思います。「結婚なんかしなきゃよかった」「やっぱりこっちの会社に就職していればよかったなあ」とか…etc. (^_^;)

 

完璧に幸せになれない思い癖ですね。

 

今現在の自分の立場の中で「いいこと」「小さな幸せ」「プラスになったこと」を見つけない限り、ずっと幸福には気付けないままなんです。

 

実際に他の人も「小さな幸せを見つける努力が大切」と言われていましたが、本当にその通りですね。

 

なにもかもうまくいかないまま終わる未来を選択するか、それなりによかった、と思える未来を選択するかも、いま現在の「思い」にかかっていますね。

 

そのことに早く気付いて欲しいと思うのですが。でないとまた同じところで引っかかってしまうと思います。もどかしいよなあ… (*-д-)-з

 

 

 追記*あまりにもしんどいので、お風呂はやめにします。

クリニックだけ行ってくる。
今朝、起きたら、すでに何もかも嫌になりかけていた。警告出てます。
「一日にひとつのことでも出来たらええやん」と弟に言われてしまった… (ーー;)