つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

気がついたらパニック障害を克服していた話 その1

たまにはちょっと人の役に立つかもしれない(立たないかもしれない)テーマの体験談を書いてみようかなあ、と思います。おそらく1回では終わりません。続きになると思います。

 

まあ、ぼちぼちとおつきあいいただければ幸いです(^^)

 


何事にも「始まり」というのがありますね。私の場合もそうでした。ちょっと前振りがあります。それは中学生の時に遡ります。

 

中学生の私は頻繁に偏頭痛を起こしていたものの、なんとか学校を休むことはなく、わりと元気に通学していた感じでした。でも、目に見えないところで徐々に変化は起きていたようです。

 

ちょっとした腹痛、それもトイレに走りこむような、吐き気までする偏頭痛の痛みに比べれば、まったくたいしたことがないレベルの腹痛でした。祖母が持っていた陀羅尼助丸を飲めばましになる程度。当時はあの苦い薬が愛用薬でした。ほとんどそれを気にしないままに中学時代は終わり、その結果が表面化したのが高2の夏でした。

 

 

 

高2の7月に修学旅行で東北を一周することになりました。中学の時の修学旅行に行けなかった経験がある(実は生理痛のひどさと体調の悪さ、厭世観とのトリプルパンチが原因)ため、今度は是非とも行きたいと思いました。が、また生憎、ちょうど生理にぶつかるなあ、ということで(私の場合は精神症状を伴ってとても重かったのですね。かろうじて通学が可能な程度)当時、市販されていた生理を遅らせる飲み薬、というのを使いました。あれってホルモン剤かなにかでしょうね?

 

それでもどことなくなんとなく体調が悪い。なんだけ吐き気もするし。なんとか初日は無事に終わったものの、裏磐梯の宿舎に止まった夜には体調はもっと悪くなっていました。もちろん眠れません。一晩中野鳥の声を聞いていました。

 

二日目に、磐梯山を始めとしたバス移動の日だったんですが、私はもうぐったりと動けず、先生やバスガイドさんからは乗り物酔いかと思われて、休憩所のベッドに横にならせてもらったり、バスの中で酔い止めの薬やウィスキーなんかを飲ませてもらっていました。

 

その日の夕方にはすでに動けず、仙台郊外の秋保温泉の宿で、ぐったりしたままでした。その翌日には両親と荷物持ちをかって出た小学生の弟が到着。当時はまだ東北新幹線もありません。地元のお医者さん(もう80歳は越えておられると見える高齢の先生)に安定剤か鎮静剤の注射をしてもらって、「この子、虫垂炎とかまだ手術してないね。帰ったらすぐに外科に行きなさい」と言われたんですよね。

 

仙台で入院&手術か、京都に帰ってからにするか?両親は悩みましたが、化膿などの緊急性はさほどないことで、京都に帰ってからの入院&手術になりました。

 

 

京都では外科の先生に「これだったら100回くらい痛んでたはずや。あんたらこの子死なす気か?」と両親は怒られたそうです。化膿はひどくなかったけど、癒着がひどくて、普通の人の倍以上の手術時間がかかったんですよね。

 

術後、この夏もかなり暑くて、38度を越えていた記憶があります。ほとんど寝ていたんですが、トイレに立とうとすると目の前が真っ暗になって、それだけ貧血していたようです。手術したその夜に生理にもなったし。痛さも出血も倍加されてました。麻酔から醒める時の気分も悪かったし… (ーー;)

 

それでも傷がましになり、夏休みも終わりに近づくと、やはり若いから少しずつ動きたくなってきます。ちょうど祖母が以前に住んでいた上京区の家の隣の薬局で便秘薬かなにかを欲しがっていて、調合してもらったそれを取りにいこうと思ったんですね。

 

宅配便もまだない時代です。もちろん地下鉄もありません。京都駅でバスを乗り継いで行かないといけません。夏休みで暇だった小6の弟もついてきました。(私が心配だったのかもしれませんが)

 

で、バスに乗ってしばらくすると、徐々に気分が悪くなってきました。冷や汗が出る。頭がくらくらする、動悸がひどい、心臓が口から飛び出しそう、吐き気がする、もう駄目、死んじゃいそう(>_<) …と、私は弟を引っ張ってバスを飛び降り、道に蹲ってしまいました。

 

 

そこはちょうど大きな工場の前で、詰め所にいらした事務のお姉さんが、駆けつけてくださって、弟はそこで電話を借りて、当時伯父の工場で働いていた母に連絡。

 

伯父と母が車で駆けつけてくれて、かかりつけの内科の先生の診察を受けることになったのでした。

 

忘れもしない、あれが初めてのパニック発作でした。当時はまだそういう病名はなくて、「不安神経症」と呼ばれていました。

 


(すみません。長いので続きます)

 

 

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