つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

資格じゃないけどスキルはあるのよ

このあいだ別件で検索していた時に「レセプト作成フリーソフト 無料」というのに行き当たりました。

そうかあ…。いまは無料ソフトでレセプト出来ちゃうんだ。楽だろうなあ。

 

私の20代後半あたり、個人医院(小児科)で働いていました。事務の仕事がメインなので、当然毎月初めは多忙です。個人医院とはいえ、毎月数百枚単位のレセプトを作成するのですが、当時は電卓片手に手書きです。数百枚書き上げると、ボールペン2、3本は書き潰し、腱鞘炎にもなったりしていました。

 

で、それを持って提出に走るわけです。大変だったわ。今だったらデータで提出ですよね。オンラインで送れるのかな?(データの漏れを防ぐために、メディアに焼いて送るのが普通だそうですが。…と、医療関係のお知り合いからお聞きしました)

 

なんでこの時医療事務を選んだかというと、私は高校生の頃から、パニック発作を起こすようになって(当時はこの病名はなくて、不安神経症とか言われてました)それゆえに普通の就職は難しいかもしれない、でも病院とか医院とかならもし発作が起きてもだれかがなんとかしてくれるだろうし、多分安心、と考えたからなんですね(^_^;) もともと子供の頃は身体が弱くて、よく入院もしていて、病院に対して抵抗がなかったというのもあるし。

 

診療助手を含めて、丸5年勤務しました。やめたのは、もともとは別の場所で開業されていた先生ご夫婦が同じ場所で開業されることになり、そうすると人手があまりますよね。で、当時の私は痩せていて体力なくて、風邪ばかり患者さんからもらっていたので、まあ、区切りかも、と思ったのでした。

 

病院事務もPCになっても出来るとは思うのですが、まあ、年齢的に雇ってはもらえないだろうな…(^_^;)

 

 


さらに遡って18歳前後、この時は高校の時に病気をしたために、進学もしないで、体力回復を待ちながら、家でぼーっとしてたんですが、やっぱり手に職は欲しいよな、と考えて、個人のお宅に習いに行き始めたのがドレメ式洋裁でした。ちゃんと原型を作って製図して仕立てるやつですね。

 

ジグザグミシンと、20歳の時に祖母がロックミシンを買ってくれまして、その頃には大体の洋裁の技術はマスターしていたので、自分の服はもちろんですが、母の服やご近所さんの服などもバイトを兼ねていろいろ作りました。近所の子の家庭科の宿題まで(いいのかなあ?)

 

当時作った主なもの。
自分のブラックフォーマルオールジーズン用。テーラードカラーのスリーピース。ベスト付きワンピース、自分でデザインしたカラーフォーマル(弟の結婚式で着用)、母のアンサンブル、ブラックフォーマル、総裏ウールの冬のオーバーコート。などなど…。
これでウェディングドレス縫ったら卒業かと言われたけど、結婚する気はなかったからドレスは作りませんでした。(材料がよければドレスは難しくないのです)洋裁メインにやっていたのは5年くらい。

 

補正もアレンジもデザインも出来たけど、やっぱり外に出たくなって、通信講座で医療事務の資格を取って。

 

 

同じ年の従姉は資格マニアっぽいところがありましたが、私はほとんど資格に興味がなく、高校時代に取った簿記3級も綺麗に忘れてしまいましたしね〜。

だからスキルといっても資格とか免許とかに準じないものばかりです。

 

 

あとは、場所と材料と道具があれば掛け軸がつくれます(^_^;)

これも5年くらいやってましたし。かなりの部分が機械化された会社でしたが、人の手作業が必要な部分は相当多くて、薄利多売でやってる感じの表装でした。それも全部の過程はひととおりやったから、わかりますし、作れます。

ああいうのも資格があるんですが(表具師とかね)、そこまでやる気がなくて、他人の作品を飾るよりも自分の作品を描きたいと思ったし…。

 

 

スキルってなんだろうなあ…?技術があっても好きじゃなければやっぱりあんまり意味がないような気もしますね。まあ、なにかの時には役に立つかもしれない、っていう、そういう感じのものかなあ、と今は思っています。