つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

決断ばかりの日々

ちょっと決意したことがあって、行動に移そうとして気がついたら、今日は土曜日、明日と明後日は連休でした (ーー;)

 

まただよ。祝日は完璧に頭にないなあ、と思い知る。 仕様がないので、連休明けになんとかしようと思っています。

 

そういえば、一昨年の秋、母が倒れた時にケアマネさんに「もうお母さんは自分のことを自分で決められなくなったんだから、これからは恭子さんが判断して決めてください」と言われたのでした。 介護って結局そういうことなんだよね。親の生命と行く末のことを子供がかわりに判断をせまられる、ってことなんだよね。 生命に関わることだったら、多くの場合、迷っている時間などありませんから、その場で返事が必要なことも多いし。 それこそ人工呼吸器やら胃ろうやら、ターミナルケアに入った場合の延命処置や痛みに対する処置など、これは出来るだけ親が元気なうちにある程度の意志と希望を確認しておいたほうがいいと思います。それも大切な子供の義務でしょうね。

 

そこまでいかなくても、どこの老人ホームに入れるのか、もしくは在宅で最期まで看取るのか、そういう決断にも迫られます。 父の時はほとんど母と話しあって決めましたし、父の意志もかなりわかっていたからあまり悩みませんでしたが、母の場合はほぼ私一人が決断を強いられています。弟はいまかなりセルフネグレクトに近い状態にいるので…。(来週の懸案は弟のことです) もう、4月の交通事故で開き直ったけどね (ーー;) 

 

ホントにあれで胆が座りましたさ。 家族3人分の決断はとにかく私が背負わなければなりません。覚悟出来たら強くもなるわよね〜。 決断が苦手な病気なのになんでこういうふうになるかというと、それこそ神様のスパルタ治療のようにも感じます。 実際に昨年秋の血液検査の結果もいままでになく良好だったし。かなり身体によくない食事ばかりしているのに、謎の改善でした。ふと「頑張ったごほうび」とか言われている気がしましたよ、どこかの神様に… (^_^;) 

 

まあ、そう思ってこれからも頑張るかなあ、と思います。 この先にも生命の重さの決断を迫られることは何度もありそうな気がします。でもまあ、家族単位の生命だからまだましかなあ。これが国とか人類全体とかだったらものすごい大変で半端ない責任だろうけど…。