つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

薬代貧乏だったのね… (ーー;)

頭が痛い…。ロキソニン(ロブ)を飲んでも治らない。整形にマッサージに行くべきだったかな?でもマッサージも効果がある時とない時があるんだよね。

 

91歳の伯父(母の兄)ですが、一昨年末と昨年末に首の手術をしたのに、来月また手術を受けるそうです。正確な病名は知りませんが、頚椎の難病なんですね。今回も頭の後ろがえらく痛い、というので検査してもらったら、首の骨が砕けているか溶けているかで、それが影響していたようです。 昨年12月に手術して、半年リハビリして、やっと6月に自宅に戻ったばかりで、3ヶ月でまた入院かあ… (*-д-)-з 大変だなあ。

 

伯父の家とは徒歩でも数分の距離ですが、母は寝たきりだし、伯父も車で送り迎えでのリハビリだし、丸1年会っていないことになりますね。 歳を取ると、近所にいる兄弟でもこういうことになるんだなあ。母にこの話をしても、なんだかいまいち反応がないし、興味がないようにも感じます。ひ孫の写真を見せてもあまり反応がない。こういうのも認知症なのかもしれませんね。父の話しすらしないしなあ…。

 

もうじき母の介護開始からも1年。 否応なしに家計を預かって、当初はかなりパニクってたために、予想外の赤字を出したりしていました。やっとこのごろ赤字をださずにやり繰りしてますが、それも母がもらっている遺族年金あってのことですね。遺族年金が我々の誰の年金よりも金額が多いんです。これも含めてのことだから、母亡きあとのやり繰りには相当の困難が伴いそうです。

 

母が健在なうちに、なんとか収入の道を確保したいとは考えているのですが。

 

それにしても。1年前までの我が家の食費は現在よりも少なくてつましかったように思います。その分手作りしてたしなあ。それにも関わらず、えらく赤字になって、時には伯父に借りたりまでしていましたが、あれはなにが原因かと思います。

 

原因はやっぱり「薬」じゃないかなあ。特に馬鹿高い「救心」などですね。ちょっとどこかが調子が悪いと薬を飲む、という母の感覚がかなりおかしくなっていたとしか思えません。鎮痛剤でも「痛くなりそう」という段階で飲んでいたんだと思います。この感覚で伯父にまで薬をもらって、「一晩でレンドルミンを8錠」とか飲んでたんだから、おかしくなっても当然だよね。

 

もっと早くに心臓の精密検査を受けて、必要ならしかるべき薬をもらおう、と何度も提案したんですが、「カテーテルの検査が絶対に嫌」とか言って、受けてくれませんでした。

 

最後の方はあきらかに薬の飲みすぎとわかっていたから、これも早く受診させようとしたんですが、聞いてくれなくて、ODの癲癇が起きてしまった次第です。

 

お酒代で赤字になるんじゃなくて、市販薬で赤字だったんですね。おそらく10万じゃ聞いてないよ。あげくに身体を壊しては本末転倒だと思いますが、そこいらが母の依存症だったんだなあ。アルコールが薬がわりだったこともありました。アホやなあ、と思う。

 

癲癇の薬がどうも心不全と関係があるのではないか?ということで、徐々に減薬になっていて、もうじきゼロになります。 家計での市販薬の金額はがたっと減りました。今はバファリンと胃腸薬と目薬くらいしか買っていません。それで充分だと思う。 母はいまだに鎮痛剤などを欲しがりますが、2錠のところ、1錠でお茶を濁しています (ーー;)