つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

子供の時間、大人の時間

ぷぷ… (^_^;) 母が三蔵法師みたいになっている (^_^;) この間から左耳の後ろが褥瘡になっていて、それをなんとかしたいと、先生や看護師さんたちがいろいろ工夫をされてるんですね。直接圧力がかからないように、綿棒のケースをカットしてゴムをつけて、頭に装着したり、とか。その補助にタオルやらガーゼやら使われていて、さっき看護師さんが「お母さん、ロックの人みたい (^_^;)」と言われてたんで、今改めて見たら、あ、三蔵法師、だったわけです (^_^;) 看護師さんも30代前半ですが、もうテレビの西遊記は記憶にない世代かもしれないですね〜。 祖父の死後、祖母が1人で階下で寝るのは寂しいかな?というので、私が祖母と一緒に寝る、と言ったのが小3の頃。 祖母は午後9時にはテレビを消してお布団に入ります。が、それまではなんとなく居間で一緒に(私は大抵お絵描きしながら、もしくは宿題しながら)テレビがついてるのを見ていたわけです。 水戸黄門とか、大相撲とか、この西遊記あたりも祖母と見ていた記憶がありますね。祖母が寝てしまうと私はテレビを消して、本格的にお絵描きをしていたので、チャンネル権は祖母にありました。 たまに私が「見せて」と言ったのがNHKの「新日本紀行」くらいかな。 アニメとかはほとんど弟につられて見ていたなあ…。「宇宙戦艦ヤマト」あたりもそうでした。もっと子供の頃は「リボンの騎士」が好きでよく見ていた記憶があります。「カムイ外伝」や「サイボーグ009」あたりから私の趣味がオタクっぽくなります。 「海のトリトン」にはまった時は完全にもうオタク。まだうちにはビデオがなかったから、学校が終わったら間に合うように必死に駆けて帰ったり。結構子供らしいと言えたかもしれません。 それでも私がテレビを見ていた時間は平均的な子供よりは短かったと思います。かわりに本を読むのも忙しかったから…。 あの頃はどうしてあんなに時間があったんだろうな…。当時、一日が用事がみっしり詰まって忙しかった、と感じていたのですが、その1年が過ぎるとその密度たるやすごかったなあ、と当時ですら感じてた。大人の今はあのころの1/10くらしか生きていない気がします。 時間って不思議ですね。今の子供たちも充分に長い毎日を充実させて生きていてくれるのだろうか?そうであって欲しいと切に願います。