つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

苦渋の決断…かもしれない

今日は整形外科で結構時間がかかってしまいました。診察も受けていたせいですが、紹介状やCTのデータを持参したせいもありますね。 浸出液が多くて閉口していた膝のキズもついでに治療していただけることになりました。キズパワーテープでは追いつかないくらいなんだもんなー。結局ガーゼに戻りまして、現在、お風呂の時の防水フィルムをどうするか考えています。ドラッグストアにさほど大きなサイズがないのはわかっていたので、ネットで捜してフリーカットタイプのものを注文。10センチ×1メートルのを4本です。いくらなんでも4メートル消費するまでには治るのではないかと思うのですが… (ーー;) でもこれも痛い出費。自賠責の保証外だそうですしね… (ーー;) 昨日は医療センターでケアマネさんと担当Dr.をお待ちしたんですが、別の患者さんのカテーテルに手間取っているとかで、お会い出来ず、そのまま帰宅。夜にDr.から電話があって、当直日だという20日の午前中にお会いする事になりました。 母は顔色も良くて、わりと元気だと思えます。ただ、私が顔を見せるなり「バファリンちょうだい」「救心ちょうだい」「お金ちょうだい」「これ(ベッド柵)はずして」「お茶ちょうだい」攻撃になりました。先生の話では「静かにされてましたよ」だったし、私が行くまでは静かだったようです。でも私に対する要求のあれこれがあまりにしつこくてうるさいので(他の患者さんに迷惑だし)、早々に病室から退散して、ロビーでケアマネさんと話をしていました。 介護保険と自立支援の福祉のヘルパーさんを併用するという案、実は自治体によって対応が全部違うらしく、京都市の場合も区によって違って、伏見区の場合はまず介護保険優先になるから、自立支援の方は通院の付き添い程度の軽いものしか(使えたとしても)使えないとのことでした。役所関係や保健師さんなどから確認してくださったから間違いないでしょうね。 我々がお願い出来るヘルパーさんの範囲と、介護保険でのヘルパーさんの範囲は厳密に分けられているようです。まとめて3人分なんとかなりませんか?というのがほぼ無理だと判明。 で、昨日の母の反応と、保健師さんや弟の「もう限界じゃないか?」という意見も加えつつ、私も決断しました。交通事故で気力が目に見えて落ちていたのもあります。 狭い家の中で毎日ヘルパーさんや入浴サービスの人たちが出入りされたら、ほぼプライベートがなくなります。昼間しんどくてもお布団敷いて寝込むことも不可能になります。 だから特養の申し込みをお願いしました。今度は取り消しません。 退院すれば私が根負けして飲ませるまで薬を欲しがるのは目に見えています。そうするとご近所迷惑にもなりますしね。施設ならきっちりと対応してくださいますし。むしろその方がいいと思います。ちゃんと栄養を考えた食事も出来ますし。母のためにはいいと思える点も少なくありません。 ご近所さん曰く「気がおかしくならへんか?」というくらい喋り続ける(私に対して)日常ですので、それが続けばおそらく私の方が先に駄目になると思います。 …だから諦めました。半年間ずーっと悩んできたことですので、それなりに苦渋の選択でもあります。 父のようにおとなしく寝ていてくれれば(父は認知症ではありませんでしたが)また違ったかもしれませんが…。私がもう頑張れません (ーー;) 新しくて綺麗で、病院グループの中だから、なにかの時にはすぐに治療が受けられる、そういう特養オンリーに絞りました。ケアマネさんの話では真摯な書類を書くと、遅くても数ヶ月、早ければ3,4ヶ月で入所が決まる可能性もあるそうです。 たとえ週に一度でも面会に行ける距離で、離れている分だけもっと優しく接することが出来るんじゃないかと思います。介護に使うエネルギーを自分たちの生活と未来のために振り向けることが大事じゃないかと思いました。もともとエネルギーが普通の人よりもかなり少なくなる病気ですしね。無理にも限界があるんだな。 父の場合と母の場合、同じ在宅介護といってもかくも違いがあるのですね。ホントに介護も千差万別で決してひと括りにして語れるものではないなあ、と思い知らされました。 大変に残念な気持ですが…(>_<)