つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

神さまからのギフト

しんどい。休みたい。でもお絵描きしたい。しんどい。休みたい。でもお絵描きしたい。

…これって毎日エンドレスになりそうな気がするので、いい加減にしておかないといけませんが… (^_^;)

昨日、母が投げた手指消毒の瓶がメガネに命中してまた片方のレンズが外れまして。なんとか自分ではめたものの、乱視の軸がずれたのか、頭がクラクラしています (ーー;) えらくデリケートなもんですね。まあ、視野の場合は仕様がないかな。新しく作るなら検眼が必要なので、ちょっと悩んでいるところです。

本来、今日は訪問入浴の日なんですが、母がしんどい、と夜中に訴えるので、仕方なく中止にしてもらいました。まあね。今朝は私も起きられなかったけど…。眠いのもしんどいのも両方あって、まったく眼も開けられないことがあるんですね。そのままずーっと寝ていられたら幸せなんですが…。今はそれがかなわぬ願い〜。とことんまで起きているせいか、ありがちな不眠がまずない、というのが昨今です。

昨日ツイッターでつらつら書いていて、自分にとって「絵を描くというのはどういうことなんだろう?」と改めて見つめるきっかけになったのが面白かったです。

最近、双極性障害について、いろいろとわかってきたことも多いですし。

双極性障害を持つ人にはクリエイティブな人が多い―オーストラリア研究」

http://woman.mynavi.jp/article/131113-032/

気分の波に左右されずに創作出来るのは私もそうですね。おかげでいままでに精神的にいくら助けられてきたかわかりません。これは病気とは関係がない中学生のころからの自覚がありました。その時すでに初めてクレヨンを握って以来、ずっと自分のそばにあったものが何よりも強い伴侶だったと自覚したことでもありました。

以来、私の人生は世間一般の平均的幸福と呼ばれるものを掴むためにあるのではなく、「いかにして終生絵を描き続けることが出来るか」というテーマの上に展開することになります。

要するに出世とか名誉とか、女性が憧れる幸福の代名詞、結婚や出産というようなものはまったく眼中にありませんでした。自分の伴侶はすでにあるんだから、取り立てて恋愛や結婚なども必要とは思えなかった次第。

それでいて、絵で身を立てようとか、そういう気持もまったくありませんでした。むしろ金銭的な対象にすることは、自分の大切なものを現世の欲で汚すような気がして、非常に抵抗が強かったのですね。

経済的かつ健康的な事情から、美大とか、そういうところに行こうというのも考えませんでしたし…。

後になってみると、私が個人的に知っている美大出身の人って、絵描きじゃなくてなぜか物書きになっている人が多いから面白いです。アマチュアの頃から存じ上げている方ではたとえば加門七海さんとか (^_^;) 他にもいらっしゃいます。美大出身の作家さん。

ま、結局どこへ進んだかどうかは別問題で、人は根源的に希求する道にいつのまにかおのずと踏み出しているものらしいですね (^_^;)

私にとっての「絵」というのはやはり生涯の伴侶なんだろうな。そのことに改めて気付くチャンスを与えてくれた双極性2型という病気は、クリエイティブな意味ではやっぱり神さまからのギフトだと思えて仕方がないのですね。生まれた時から伴侶とするものがあるって、すごい幸せだなあ、と、しみじみ思います。