つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

旅の醍醐味灯ともしごろ&炎立つ

心配事や気掛かりはいろいろあるけれど、すぐにどうなるものでもないので、地味にIllustratorで線画を描いております。

このごろどうかした時に左手がひどく震えることがあるので、やはりリーマスの副作用だなあ、と思ってます。Illustratorをマスターしておいて本当によかった。筆圧感知のソフトだったら、とてもじゃないけど線画なんて描けないと思うから。ベジエ曲線はしみじみありがたいです。アナログの時代から、カラーの時はわざと線のメリハリを消して描いていたのも、あるいは予感めいたものがあったのかな?…と、ふと。

秋めいてくると旅の記憶が蘇ってきます。もう10年以上前、家族の誰もが元気で、甥や姪とも一緒に暮らしていた頃。あとになって気付けば随分幸せな時代だったと思います。

その頃にちょくちょく旅行をしたんですね。国内ばかりですけど。私、列車に乗るとお弁当を食べるくらいで、あとはずーっと飽きずに車窓を眺めています。それ以外のことは会話くらいで他に何もしません。おかしな人間ですが、目的地で観光するとか、ご馳走を食べるとか、そういうことよりも車窓を眺めることが大好きな人間でした。

新幹線は速すぎるから、私鉄の特急くらいがいいかな?

次第に日が暮れてきて、いわゆる「灯ともしごろ」になります。車窓から見える民家の明かりがなんともいえず暖かく、無数の灯を眺めながら、こんな山奥でも暮らしている人がいるんだ、とか、みんなの夕食はなんだろう?とか、家族全員無事に帰ってきたのかなあ?とか、本当に他愛のない空想を続けていました。灯火が象徴する明かりがちょうど「幸福」を象徴していたのだと思います。

それを眺めている私も紛れもなく幸福でした。家族の誰も(自分も含めて)病気ではないこと、帰る家があること、明日する仕事があることなどなど…。当たり前のことが当たり前に存在する幸せに気付くのはそれらがなくなってからなのですね。

いつか、いろんなことが落ち着いて、動ける環境になったら、せめてもう一度、あの「灯ともしごろ」の車窓の人になりたいと思います。

 安倍貞任藤原経清がメインだった3巻までは一気読みでしたが、その後、ちょっと間に別の本をはさんだりしてスピードが落ちました。4巻は経清の息子清衡、5巻は子孫の泰衡がメインです。150年に渡る蝦夷の物語です。その、前のアテルイから数えると数百年かな?

一貫して蝦夷の視点で描かれた長編は、本当に誇り高い民であった蝦夷の人たちに鮮やかな光芒を与えています。「自分から責める戦は決してしない」「国を作るのは民だ。国が民を作るのではない」と、民人たちのために喜んで生命を差し出す首長など、世界のどこかに、いや、ましてや日本にいるわけがないなあ、と思うと哀しくも悔しくもなりますが…。

もしも大地震でも起きて、東北とその他の地方が分断されていたら、現代の日本はあるいは全然違う姿になっていたかもしれません。蝦夷の国造りを手伝ってみたくなったりして… (^_^;)

民の中に残った誇り高き「まつろわぬもの」の血は高橋さんの中にも滔々と熱く流れてますね。

やっぱり私は「まつろわぬもの」達の誇り高き血が大好きでたまらないのかもしれません (^_^;)