つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

日常的弱者目線の日々

 自転車が直ったので、明日から休みになる最寄りのコンビニとは違うコンビニまで行ってきた。コンビニ窓口で支払うものがあったんだけど、最寄りのファミマの受付は26日までだったので。

どのみちファミマの方にはほとんど品物がないし、パンやジュースなどを買い出す必要もあったんだけど。で、その目的は果せたが、溶ける心配があるアイスは買えなかった (ーー;) ああいうものは発泡スチロールの箱と保冷剤(ドライアイスがあればなおよし)くらいで大丈夫なんだろうか?? −18度の保持ってどうしたらいいのかなあ?うーむ… (ーー;)

あればあるだけ食べるなよ!といい歳の大人に言いたくなるけど。私が一日一つ、と決めているあいだにあっというまになくなるんだよね〜 (ーー;)

それはともかく。

このごろしんどくて横になってることが多いせいか、ちょっと距離があると自転車でもきついな、と感じていた。この距離できついと感じるなら、もっと遠い耳鼻科に通うのはとっても無理に思える… (ーー;)

耳鼻科だって、昔勤めていた医院の近所にあるから、そんな目茶苦茶遠いわけではない。やはり自転車で通勤していた20代の私。帰りにはよく反対方向のスーパーにも寄っていたし。

昨日、自転車屋さんとの雑談で「このへんはスーパーとか近くて便利ですよね」と言われて、瞬間言葉に詰まってしまった。確かにメチャ遠いわけじゃない。従姉などは隣のホームセンターで働いていて、毎日帰りに自宅の食材や伯父の必要な食材をまとめて買って帰ってくるくらいだし。ゆっくり走っても10分くらいの距離だ。

父が寝たきりになった直後、まだ胃婁ではない時に、なんだったら食べやすいだろう?と考えながらスーパーに日参していたことも思い出した。7年くらい前のことかな?介護が終わった直後も、ホームセンターまでよく走っていた。3,4年前くらい。元気だったらきっとなんとも感じない距離だと思う。

それがいつのまにか、本当に動けなくなっていた。

自分も歳を取ったし、母も歳を取った。見回すと、ご近所のおじちゃん、おばちゃんたちもみんな高齢者だ。そしてやはりみなさん買い物には苦労している。毎週わざわざ大阪在住の娘さんが車でやってきて、買い出しに行くお宅とか、生協さん利用のお宅とか、遠くまでシルバーカーを押して行く人とか。だから向こうから来てくれる八百屋さんがありがたい存在なのね。

私もいつのまにか、お年寄りと病人に囲まれて、すっかり弱者目線になっているようだ。実際にこんなに動けない現状では弱者の立場でしかないのはどうしようもないし。

で、考える。この弱者目線からの生活の難しさや不便さなどを気長に発進する必要だってあるのかもしれない。なんたって社会を構成する中心世代は動けるし、働けるし、なかなかこういう不自由さを実感したり気付いたりする機会に恵まれないだろうしね。

やっぱり「介護」という経験は大きいな、と思う。家族ぐるみで否応無しに弱者の立場に立たせてくれるから。そこで尽力する人々のことも見えてくるし。ひじょーにしんどい経験だけど、ひじょーに大きくて重いものが見えてくるから。

お年寄りはこういう場でなかなか発言する人も少ないし、たとえわずかでも代わりに気付いたことを伝える必要性はあるよね、と思う私なのでした。