つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

なが〜〜〜いおつきあいの楽しみ♪

明日はクリニックの受診日。確か血液検査も、と言われていたから出来れば朝食抜きの方がいいんだろうな。あー、でもなるべく早めに起きて、体調を整えないと…。最近は朝が最も不調なので、それを考えると頭が痛いです (ーー;)

Kindle青空文庫とか読んでいると、気持ちの部分が10代の頃に戻っているような錯覚を起こします。

私がいわゆる純文学の類いを最もよく読んだのが10代の頃だったからなあ…。まあ、ちょっと妙な子供で、国語の教科書に部分的に取り上げられた作品でも、その中の一文、あるいは一節でも心にひっかかるものがあると、その作品を全部読みたくなるという… (^_^;)

普通は教科書なんて面白くないものですし、他の教科は私にとってはさほど面白いモノではなかったんですけどね。国語(当時は現代国語と言われてた)と古典と地理、歴史あたりは非常に好奇心をそそられるものが多くて、それをきっかけに読書が展開していくパターンがすごく多かったのですね。

気軽に手に取れる新書サイズの文学書を学校に売りに来るメーカーとかもあったりして。そういうお手軽本とか、図書館の本とか文庫とかを通してなんとなく文学作品に触れることが多かったですね。

高校生になるとそれが世界の文学にまで及びますが、さすがにそちらの方は自分が未熟だったために途中で飽きてほっぽり出すこともしばしばありました (ーー;)

純文学と並行してSFも歴史物も読んでいたので、当時からすごく雑食性の読書家でした (^_^;) まあ、私はただ好きで読んでただけでしたが、なんとなくおまけとしていつのまにか国語や古典の成績はいつも良かったです。地理や歴史もそうだったから、暗記するとかそういうのではなくて、読書を楽しむ、という形がもっとも自分には身に付く方法だったのかもしれません。結果から推測するに、ですが。

いまでもそうかもしれません。自分はあくまでも楽しんで読んでいるんですが、ふと気が付くと世界に対する視点がちょっと変化していたりするから、いつのまにか学ぶことも出来ていたのかもね、と思います。

眼が見える限り、左手が動く限り、お絵描きと読書というのは私にとっては最後の最後まで手放せないものであり、生涯の友でもあり続けるものだと思います。なにしろ自分の年齢とほぼ同じ歳月、非常に長いおつきあいですから… (^_^;)