つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

無縁じゃない「無縁死」

 今日もお花見日和ですね。いつも行く、近所のコンビニでも小手毬の可愛い花束が置いてありました。こういうのも仏壇に供えたいところですが、あまり長持ちしないのが難で、どうしても長持ちする菊類メインになってしまいます(^^;) まあ、命日などは特別ですが…。ガーデニングとか出来るゆとりがあればいいんですが…。まだまだ難しいですよね~(^^;)嶺

相変わらずの体調不良は仕方がないこととして、まだPCの前に座れるのはましだっていうことで、今日も地道にトロトロとお絵描きしている私です。

着色に悩んでしばしネットを彷徨っていましたが、やはり綺麗だなあ、って感じる色合いにはそれなりのパターンがあるようで、なるべく注意しても似たような色を選んでしまいますね。これも難しいなあ…。

でも地味に調べながらIllustratorPhotoshopを行ったり来たりしているのって、結構楽しいです。鍊

どこかのブログで「一番のリラックス方法とは」というので、「自分が我を忘れるほどに夢中になれることをしていること」だと書いてありましたが、確かにそうだよなあ、と思いました。同じ作業でも好きでやっていることは苦痛になりませんしね~。自分が一番楽しいことをしているのが精神衛生的にもベストですね。撚

 昨夜、テレビをつけたまま、母が寝てしまったんですが、(これもいつものことです)その時の番組が1月に放映されていた「無縁死」の続編で、ついつい真剣に見てしまいました。嶺

前の番組では都会で一人暮らしをしていて、誰にも知られることなく孤独死した高齢者の死後について描かれていました。死後も遺骨や遺品の引き取り手がいなくて、無縁墓に葬られる名もわからない人が年々増えているそうです。

昨夜の番組ではその時に反響が大きかったもっと若い世代、30代40代の不安をもとに描かれていました。結局年代に関わらず、私もそうですが「他人事じゃない」と共感する人がいかに多いか、っていうことですね。嶺

年々人の間の繋がりが希薄になってきて、仕事仲間以外の友達がいないとか、親しく相談できる人がいないとか、家族に心配かけたくないとか、そういう現状にある人たちの不安はなんだかすごくよくわかるんですね。「自立」を目指して努力してきたのに待っていた現実は「孤立」だった、っていうことで。おかしいよなあ…。蓮

努力したから幸せになれる、という図式が無くなってきた世の中で、夢を持ち続けることがいかに大変か、身にしみて感じます。輦

でも、昔のように血縁とか地縁とかで自由を束縛される社会に戻りたくはないんだな。いずれとも違う形のこれからの社会の方向性がまだ見えないですよね。やっぱり生きるのって大変だなあ…(ーー;)怜

世の中の苦しさがいろいろ見えるのに、果たして自分だけがわくわくする生き方なんて出来るのかなあ?という正直な疑問がわいてきます。

見たくないことに眼をつむって、自分だけ楽な気分になることならば難しくなるけれど、それは多分違うと思うし…。動揺しないで共感することなんて出来るのかなあ…?その人と一緒に苦しみながら、一緒にそこから立ち直ることなども可能なのかしら…?怜

本当にプラス方向だけを見ていて地球のためになにか役に立つことが出来るのかしら?…日々は相変わらず悩みの中にあります。怜

私はそもそもこういう性分だから悩まない方向になんか進めないような感じですが…。それでもいいのかな…。ふと立ち止まる瞬間です。