つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

飛行少年の夢

前夜の睡眠不足が祟って、昨夜は10時に早々とダウンしてしまいました。簾 せっかくクロッキーブックを抱えてお布団に入ったのになあ…。線も引けずに寝てしまった(汗)嶺 すごく残念な気分です。

で、今朝眠気が取れないまま起きてみたら、防水シーツからパジャマから全部取り替える必要があるくらいに大掛かりなおむつ交換をするはめになってしまいました(汗)嶺 そんなにたくさんお茶飲ませてないと思うんだけど…びしょびしょ。怜 仕方がないので、全部取り替えです。その間に用意しておいた流動食は冷めて暖め直すことになるし、朝から洗濯もしないといけないし…。父の食事やもろもろの家事が終わって、朝食にありつけたのは起きて1時間半後のことでした。蓮 否応なく動かないといけない朝が多いです。やっぱり介護には休みがないもんね(汗)

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 父が集めた音楽テープの中に「ジェット旅客機」というテープがありました。聴いてみたら、離陸や着陸やエンジンの音など、非常にマニアックな内容のもの。

でも父にはそういう音だけでなんの機種だかわかっているみたいなんですよね~。マニアだなあ、と思います。

本当は整備士になりたかったみたいです。飛行機の。さらに本音は操縦したかったみたいなんだけど、それは若い頃に結核になったのとか、近視だとかの条件でとてもかなわなかったんですね。機械をいじるのは好きだから整備士…とか思っていたみたいです。

結局はそれも出来なかったのですが。そのかわり、よく海外出張には行っていました。昭和40年代のまだ海外旅行が一般的ではない頃から、飛行機に乗れるのが嬉しくて行ってたのかな?もちろんちゃんと仕事もして来ましたが(笑)

それから退職までのあいだに当時のほとんどの機種には乗ったみたいです。家では戦闘機のプラモデルとかもよく作ってましたね。脳硬塞で倒れた直後も「ボーイング787の本が欲しい」とか言ってましたし。(まだその時は脳細胞が生きてたんだなあ)

私が思うに、戦争中の学徒動員などで、どういういきさつでか、中学生の時にグライダーに乗ったことがあるそうなんですよ。だからおそらくその頃からの夢だったのかな?と思われます。だからいまでも飛行機は好きだし、よくわかっているんだなあ、と。

「もう一回元気になって飛行機に乗ろうね」ということで、本人もそれなりにやる気を見せているように思えます。もちろんまわりで関わってくださる方々のおかげもあるんですが。意欲の源はやはり「好き」だという気持ちなんだなあ、と。撚

だから家族もそれを目標に掲げて励ましています。本当にもう一度、飛行機でみんなで旅行したいなあ。「ひとりだとつまらん」と立ち寄らずに帰って来たハワイとか、みんなで行けたらいいねえ…。劣