つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

あのころ

「三丁目の夕陽」がらみで思い出す。昭和30年代というのはモノのない時代でしたね。洋服などもしかり。 私が子供の頃に着ていた服は全部母の手作りでした。古着などの生地を再利用して作ってくれたものです。うんと小さい頃は母とお揃い。弟が生まれてからは姉弟お揃いというパターンが多かったです。

母はいろいろと家の中で内職をしていました。編み機がありまして、毛糸屋さんの仕事で、毎日1着ずつニットの服を作っていました。で、まあ母の仕事中は祖母と二人で近所だった京都御苑に遊びに行きましたね。それも必ず絵本を持って。

家の中でも遊びのメインといえば本を読むのとお絵描きでした。父の会社で出た湿式コピー(ブルーのやつですね)の反古をもらって、中表にして白い裏をだして、ノートサイズに切りそろえ、千枚通しで穴を開けて紐で綴じます。そういう「お絵描き帳」を何冊も作ってもらいました。粗末なものだけど、すごく嬉しかったなあ、という記憶があります。

幼稚園に行っても、やはり読書とお絵描きメインの遊びは変わらなくて、スケッチブックをたくさん描きつぶしました。余白がなくなると新しいのを買ってもらって。そういう紙とクレヨンに関しては「無駄にしないで」と言われた記憶がないので、唯一の贅沢だったのかもなあ…と今にして思いますね。

市電の停留所まで母と二人で父を迎えに行って、お給料日に本を1冊買ってもらえるのがすごく嬉しかったなあ、と。

モノはないけど、あの時代ってすごく心が豊かだったなあ、と思います。子供だから余計にそう思ったのかもしれませんが、今ほどに各過程の格差とか隔たりのようなものを感じなかったなあ、と…。そういう面ではやはりいい時代だったなあ、とちょっとしみじみノスタルジーに浸ってみたりして…。秊