つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

キャラも生きている

疲労倦怠感がとてもひどくて、しばらくダウンしていた。横になると地面の下にまでめり込んでいきそうなしんどさ。久々にちょっとワインとか飲んでみたけど、楽になるかと思いきや、余計にしんどくなっただけだった。ああ、ため息。夕食のカレーの準備に母と弟と3人で合作したりしている。

愛知万博に行くし」とか「茶摘みに行こうか」とか、「ご飯食べに行こうか」とか、近所のおばちゃんたちの元気さが羨ましい限り(汗)ああ、みんなどうしてあんなに元気が余っているんだろう。出来れば分けて欲しいものだと思う。

あ、MacIEだと入れないサイトがあるケースはネットスケープの導入で解決した。MacとWinの間にはいまだに深い河があるようだ。

Web拍手ありがとうございます。

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同人誌活動をしていた時代、私も漫画を描いていた。それ以前から、ずっと描きたいものがあって、独自のキャラクターというのを自分の中に10代の頃から育てていたりしたんだけど、そういうキャラクターとの付き合いも作品にするかどうかは別にしても、長くなるともうどこか別の次元にキャラクターが独立して存在している感じがするのね。

創作に関わる体験がある人にはなんとなくわかってもらえそうな気がするが、そういうキャラクターの存在というのは、さながら別の人格があるように感じるのだ。自分の中に別の視点があるとでもいうのかなあ。ひとつの物事について、私自身が考えるものとは別に、あのキャラクターならばこういうふうに感じるだろうなあ、と結構客観的に見えてきたりする。

このキャラクターはこういう育ち方をして、現在はこういう環境にいる、と想定すると、それなりの感じ方や反応が見えてくるのね。で、時としてそれは私も予想もしなかった行動や台詞になって「え、こいつってこんなこと考えてたの?」と驚かされることもあったりする。

物語の流れをこういうふうにしたいなあ、と思っても、独立したキャラクターというのはきちんと自己主張をするので、彼らが納得しないと絶対に思い通りには動いてくれなかったりする。「キャラが動いて物語が出来る」という感覚。不思議なものだなあ。

プロの漫画家さんでも小説家さんでもシリーズになるようなキャラを持っている人は同じようなことを経験されているだろうと思う。本来ならば自分ひとりの人生なんだけど、キャラクターの分も加えれば何人もの人生を一度に味わっている感じかなあ。なかなかに楽しいもんです。

いろいろな視点が必要になるので、時としてはそれが感情的になるのをセーブするブレーキのように働くこともあるし。現実の人生は平凡なものでも、キャラクターの生きざまは波乱万丈になったりもする。だから退屈はしなくてすむし(笑)

妄想癖とか空想癖とか、ある方が絶対に楽しいなあ、と痛感するこのごろだったりね(笑)「絵は生きている」だけでなく、「キャラクターも生きている」のです。