つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

ありのままでもいいかな

私は恋愛経験がさほど多いわけではないけれど、いままでのことからはっきり自覚していることがある。

世の中の物語などにはよくあるケース「好きになったのが、たまたま同性だった」というのが自分にも当てはまるなあ、と思うのだ。

要するに恋愛と友情のボーダーラインがかなり曖昧で、相手が男性であれ、女性であれ、本当に友達として好きになると、ほとんど恋愛感情に近くなってしまうようだ。

先にその人の人間性を好きになるので、共感しやすい点では女性の方が優勢かなあ、と思うけれど、男性の場合だと憧れが先に立つのかな。…要するにそれくらいのきっかけの差くらいしかなかったりする。

精神的に両性愛嗜好なのかなあ、と思う。やはり脳が結構男っぽいのだろうか(笑)でも創作する人にはこういうタイプって少なくないと思うけどね。紫式部などでもかなり男性的な視点を持っていたりするからなあ…。

そういう感覚なので、そもそもあまりタブーというのがなかったりするのよね。世の中のどういう恋愛のパターンでもそれなりにわかる気がしてしまうし。同性愛を特別視する感覚も本当はなかったりする。

私が女性を好きになることがあるように、同性を好きになる人がいてもおかしくないよなあ、と思うから。自分を肯定するからにはそういうケースも肯定しないとおかしいし。

ル・グィンの「闇の左手」のゲセン人が理想的だというくらいなんだから…(笑)(彼らにはもともと性別がなくて、恋のシーズンにだけ性分化するのね。で、それが終わるとまた性別がなくなる。子供は社会全体で育てられるのです)

で、そういう私から生まれたキャラクターというのもそれが反映しているので、基本的に両性愛嗜好だったりするのだ。たまたま好きになってしまった相手が同性だったり、異性だったりするわけで。

…そんなふうな彼らのありのままの部分、とういうか、ひいては私自身のありのままの部分を最近もっと明確な形で描きたい、という欲求が強くなっている。

でもきっと世の中にはそういう恋愛のパターンが理解出来ない人だっているよね。私はそうじゃないから、そちらのタイプの人の感覚自体がわからなくて、かえって困ったりするんだけど…(汗)でもなあ、理解してもらえないとしてもそれも私の一部なんだしなあ、と思うと、やはりもっと正直に描きたいなあ、と思うようになってきた。

ただし、大人向きね、というのと子供でも大丈夫、というのとのボーダーはしっかり引いておきたいけれど。そうじゃない部分はソフトな形でいいから描きたいなあ、と思う。

…そういうわけできっとこれからのサイトはかなり同人誌時代の世界に近くなるんじゃないかなあ。どういうパターンの恋愛でもそれなりに社会的に認めてもらえるような時代になればこういう余計な悩みは必要無いのになあ。はあ…。ちょっとため息だけど…。