つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

好き?嫌い?

まだ頭痛の気配が残っているのでぼんやりしている。本当にPCや机に向かっている時はわりと元気なので、自分の病気を忘れそうになるんだけどな。でももっと自由に動けるようにならないと駄目なんだろうな、と思う。きちんと仕事が出来て、どこへでも行きたい所へ行ける、という当たり前のことが可能になるのはいつだろうか。

いまごろになって、たまたま絵文字がダウンロードできるサイトを見つけた。辞書をダウンロードして、使おうかな、どうしようかなあ、と迷っている。今までは自分で作って登録するのが面倒だったからやらなかったけど、顔文字は結構面白いよねえ。手書きだと使える表現がまた可能になるかな?やってみようかな?

そういえばまた久々にオリジナルのパターン作りもやろうかなあ、と考えている。頭痛がましになったら。年賀状の印刷もあるけれど、まだちょっと早いような気もするし…。

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おととい、母が「生椎茸袋に積め放題、198円」というのをせっせとやっていたと思ったら、昨日のメニューは「椎茸とひらたけの玉子とじ、椎茸入り味噌汁」になっていた。

や~め~て~(汗)

実は私は椎茸が嫌いなのだ。味も香りもどうも好きになれない。どうにかこうにか、たとえばお寿司に入っているくらいの小さなものなら食べられるようになったが、あからさまなものはやっぱり駄目。

昔、高知から遊びに来た知人の前で、巻寿司に入っていた椎茸を神経質に選り分けていたら、その人が「椎茸、嫌いなんですね…」とじと…っという感じで言われた。「うち、椎茸作っているんです」…「わ~、ごめんね(汗)」めちゃくちゃ焦った。それ以来、小さな切れ目の椎茸はなんとか食べられるようになったんだけど。

私は小学校の高学年くらいまではものすごく好き嫌いの激しい子供だった。小さい時から虚弱体質でよく病気をしていたので、食がやたらと細かった。特に動物性タンパク質が駄目で、肉は牛肉の赤身がどうにか食べられるくらい、というひどさ。

いまでは学校の給食は残してもいいようになっているそうだが、当時はそれも駄目で、食べられないといつまでも教室に残されることになる。私が学校ぎらいになった原因はそれも大きいと思うな。昔の給食に牛肉が出ることはほとんどなかった。鯨とかマトンとか。おかげでこの二つは今でも嫌いだ。捕鯨が復活してくれなくても、個人的にはまったく困らない。

それが変わったのは5年生の時。成長期に入ってものすごくお腹がすくようになった。そうすると不思議なもので、それまで嫌いだったものでも結構食べられるようになった。で、それなりに体格もよくなったし。

一番成長期の中学生の時にはお弁当だけじゃ足りなくて、購買でパンを買って食べたりもした。

それがまた変わったのは高校生で膵臓を悪くしたのがきっかけ。食べると具合が悪くなるので、自然とまた食が細くなり、痩せた。その後、ずっと食が細くて、好き嫌いに加えて「食べることに興味がない」状態が10年以上続いた。その当時はずっと痩せていた。

さらに変化するのが弟夫婦との同居が始まった時だ。当初、義妹が作ってくれる食事はやはり頑張って食べないと気が悪いから…というので、頑張って食べるようになった。

すぐに食事の支度はそれぞれの所帯で別にしようということになって、そういう気遣いは無用になるのだが、それから少しずつ、いろんなものが食べられるようになった。それまでまったく駄目だったなまものとかも大丈夫に。

さらに徐々に胃腸の調子もよくなり始め、少しずつ食べられるものの種類と量が増えていった。おかげでかなり太ってしまったけれど(汗)

食べるものに興味があるというのは、胃腸が健康なあかしなんだなあ、と思う。食べることに興味がなくて痩せている状態とどちらがいいのかなあ、と改めて考えたり。

いずれにしても好き嫌いと胃腸の調子にはかなり深い関係があると思う。本当に理想なのはなんでも美味しいと食べられることなんだろうけどね。…そういうのはなかなかないかもしれないなあ、と思う。

私の好き嫌いはいまだにゼロにはならない。

…好き嫌い、ありますか?

(羊肉の名誉のために…数年前、富良野で食べたジンギスカンはとても美味しかった。それからはあまり嫌いではないかもしれない)