つれづれ日記ー逝春抄ー

お絵描きと介護で多忙な日々 双極性2型障害と気長に共生中

どこかの次元には…

弟がPCのカタログが欲しいから、家電量販店に行くと言うので、ついでに車に乗せてもらって、インクカートリッジとインクジェット紙を購入。これで一応年賀状の準備はばっちり。あとは印刷だけね。このあと喪中はがきがこないとも限らないけれど、早めに出来ているデザイン面だけでも印刷しておいた方がいいかもしれない。12月後半はなにやら忙しそうなので、できれば前半に。さしあたっての目標。

しかしながら…いまどきメインだろう17インチのモニタ画面なんて、ものすごーく羨ましい広さだったなあ(汗)このiMacだと15インチもないものなあ。GoLiveを使う時にはいちいち1024×768の画面に切り替えねばならない必要もないのよね。いいなあ…。でも贅沢言うときりがないから…(汗)

で、昨日からちょこちょこ描いていたぬりえの線画を1枚アップ。今年はこれで83枚目の作品になるので、かなり遊んでいます。でも設定が健全すぎてまったく色っぽい画面になりませんでした(汗)また次の機会に再チャレンジできたらいいな。

Web拍手ありがとうございます。>春音さん、生活の潤いに役立てていただいてありがとうございます。次はまた春の壁紙になるだろうけど、頑張りますね。

   ………………

よもぎさんのところの記事を読んで、そういえばそうなのかなあ、と自分のキャラクターについて、また改めて思ってしまった。

(もとの記事はよもぎさんちの「今日も思いつくまま」のブログで読んでくださいね。左のお気に入りリンクから行けます)

うちのキャラクターの場合、ヤマトタケルの話をライフワークにできたらいいなあ、と思ってから30年くらい経っているので、いつのまにかいるのが当たり前、という感覚になってしまった。長年キャラクターとつきあっていると、それぞれの性格や行動がもう勝手にいつのまにか完成してしまったみたいな気がする。

私の現実の生活と並行して、どこかの別の次元でキャラクターたちの生活が常にあるような感じ。…だからなにかあれば呼び出してこれるのは確かに便利だなあ、と思う。

しっかりと自分の性格を持つキャラクターたちは、その性格を根底に置きながら、「こういうのってできる?」と聞くと、彼等なりに楽しんで演技してくれる。

…そう、あくまでも演技、なんだよね。根本的な性格はもう揺るがない。うちの場合、そういうふうにして演技してくれるキャラは男女3人ずつくらいはいるかなあ。物語世界の中でしっかりとした自己を確立しているキャラクターならまず大丈夫。タケル、弟彦、武彦、弟橘媛、美夜受媛、倭媛あたりはそうだなあ、と思う。

こういうのが現実にどんなふうに役に立つかというと、ひとつの物事でも、落ち着いて彼等の視点を借りて見れば、かなり冷静に多極的に見れたりもするし。余裕で遊ぶにしても、現実逃避するにしてもお手軽、といいましょうか(笑)まあ、現実逃避するのはあまりいい役立て方ではないけれど。

私自身が無意識的に人格分裂していたら、それはまたそれなりの対応をしなければいけなくなるけれど、そういうのではなくて、あくまでも意識的に形を取った人格だからなあ。まあ、いろいろ多様性があるから楽しいなあ、ということで。

「ふにゅ~、杏珠もいるの~(汗)」

お人形の場合も誰にも見える外見を取ったそういう人格の一部だし。

しかしながら、私みたいになると「男のキャラは愛がないから、他の単発な形では描けない」みたいになってしまうんだけど…(汗)女の子は描けます。いろんなバリエーション、やはり自分が女だからかなあ。

ともあれ、どこかに存在するキャラクターの世界、私が死ぬまではずっと存在し続けるだろうと思う。

この世の別の次元には、こういうふうなキャラクターを持つ人たちの独自な物語世界がたくさん存在しているに違いない。